山羊座で未年のB型男が書くブログ

思ったことを何でも書いてみるブログです。時に過激にズバッと世相を斬ります!

人は分かり合える生き物なのかそうでないのか、いったいどっち?

どうも〜、エウーゴです。

 

今回のタイトルは少し哲学的な感じにしました。

 

果たして、人は他人と分かり合えるのか?

 

人類史上永遠のテーマとも言える、この命題について、今回は考えてみます。

 

そもそも人の思考については、現代科学でも解明できていません。脳の働きもほんの一部分しか分かっていないのが現状です。

 

例えば、朝起きてからの行動パターンを考えてみますと、トイレに行く、洗面所に行く、人によってはシャワーを浴びる、ダイニングに行く、朝食を摂る、出勤もしくは登校する。

 

こんな感じが一般的かと思いますが、この行動の大部分は、無意識に行っているものです。

 

無意識とは、意識せず行動すること。すなわち、そこには思考という作業はありません。

言い換えれば、本能的なところまで行動が脳にインプットされた状態です。

 

かたや、出勤後や登校後は、その日一日のスケジュールが決まっていて、与えられた業務もしくは課題をこなして行きます。

 

ここには、思考という作業が入ってきます。

 

まず、作業効率を考えるという思考。

優先順位を考えるという思考。

職場や教室の雰囲気を感じとる思考。

昼食のメニューを選ぶ思考。

上司もしくは教師の機嫌を感じとる思考。

などなど。

 

人は他者との関わりの中では、たくさんの思考を行なっています。

 

そして、その思考の延長にあるのが、その行動が自分にとって有益なものか、不利益なものかを判断する作業です。

 

ここに、いわゆるという思考が生まれるようです。

 

あなたも、経験があるかと思いますが、出社後もしくは登校後、その日の夜にまたは夕方に、同僚または同級生からあまり気乗りしない内容のお誘いを受けた場合、大抵の人は嘘をついて断るのではないでしょうか?

 

この場合の嘘は、その誘いを自分にとって不利益なものと思考して結論を出した訳です。

 

ただし、誘いを断る理由がもっともらしくないと、誘った側に悪く思われないか?という思考ま働くので、瞬時にもっともらしい理由を思い浮かべます。

 

こうしてみると、人は無意識に行動する部分と意識的に思考する部分を、あわせ持つ生き物であると言えます。

 

意識的には利益と不利益を判断する、そのためにはもっともらしい理由を考える。時には嘘も。

 

人は基本的に、他者との関わりにおいては、その関係が自分にとって有益か不利益かを第一に考える生き物であると結論づける事が出来ると、エウーゴは考えます。

 

結論

人は他者との関わりの中では、大部分が意識的に思考し判断するので、奇跡的な確率でしか分かり合えない生き物である。

 

そしてもっとも人らしい思考とは嘘を思いつく事である。

 

どうでしたか?

 

この結論は、あくまでも個人的な見解にすぎませんので、その点ご理解お願いいたします。

 

それではまた。